幸福な時間は過ぎるのが早い。
気がつけば、アレックスが来てから6回目の月が、砂漠の空高く昇っていた。
激しい行為の後、アレックスは王の逞しい胸に抱かれていた。
心臓の鼓動が心地よいリズムを刻んでいる。
少し汗ばんだ肌が、しっとりとその頬に吸いついた。
指先で胸を弄っていると、王が突然口を開いた。
「そなた……イギリスでは何をしているのだ?」
「何って……ダンスや歌の勉強をしたり……アルバイトをしたり……友達と遊んだり、色々よ」
「楽しいのか?」
「まあね。……アタシ、本当はミュージカル・スターになりたかったの」
「そうか……」
「でも、アタシみたいなタイプに役は来にくいの。ほら、大きいけど、女っぽいでしょう?……それに声がこんなのだから、舞台通りが悪いのよね」
「魅力的な声だ」
「んふ。あ・り・が・と・う」
そう言うと、アレックスは王の唇にキスをした。
「でもね、ボサノヴァやソフトジャズなんかを歌うと、ハマルのよ」
そう言うと、アレックスはスローテンポのボサノヴァを歌い出した。
ハスキーな甘い声で歌う、囁きかけるようなボサノヴァは魅力的だ。
「いい声だ」
「踊りはもっと上手なのよ。……でもね、スターになる才能はないみたい。厭らしい舞台監督が『俺と寝たら役をやる』なんて言っ来てても、ごめんだしね……」
「そこがそなたの良いところだ。金は役に立ちそうか?」
「役を買っても、その場限りよ。お金は別な物に使うわ」
「そうか……もっと歌ってくれ」
アレックスが再び歌い出すと、王は微かな寝息をた立て眠りに落ちていった。
その横顔を見て……
「後1日……」と小さく呟いた。
あまりに幸せな為、別れる実感がなかった。
このままずっと一緒にいるような……そんな感覚にとらわれていた。
翌日、王が突然「今夜は後宮に行く」と言いだした。
アレックスが来てから後宮に出入りしなかったので、女官長が痺れを切らして要求をして来たらしい。
「歌や踊りが好きなら、そなたも来るが良い」
「だって……アタシは男よ?」
「誰も知らぬのなら、構うまい」
「女官長は知っているわ」
「あいつも私の前で、それを言えはしまい」
「それはそうだろうけど……」
「今宵は最高に美しく着飾るのだ。私のお気に入りが、他の女に負けることは許さぬ」
『お気に入り』……その言葉を聞いた時、身体に冷水を浴びせられたような気分になった。
結局自分は『物』でしかないのだ。
そう考えると悲しかったが、他の女に負けるのも悔しい。
そして何よりも、王と別れた後に『あいつが一番だった』と、思わせたかった。
「ええ、わかったわ。一緒に行く」
最後の夜だから……最高に綺麗な姿を見せてやろう。
そう思いながらも、心のどこかには『もったいなくて、手放したくなくなるような……』と考える、甘い自分がいた。
夕刻からアレックスは準備を始め、王が迎えに来るころには完璧な美女になっていた。
部屋に入り一目アレックスを見た王は、感嘆の声を上げた。
全体的に薄化粧であるが、目元はブルーを基調にして、アイラインもブルーを使い、その美しい瞳を際立たせた。
衣装も鮮やかなシー・ブルーで、抜けるように白い肌を一層美しく見せ、深く入ったスリットが、長い脚を強調させている。
金色のウィッグは長く輝き、長い首に何重にも真珠のネックレスを付け、ヴェールをまとった姿はまるで砂漠のオアシスに現れた女神だ。
王は手を伸ばし、アレックスを抱きしめた。
そしてスリットからスカートを捲り上げる。
「いや! ……何をするの?」
「最後の仕上げをしてやろう」
「ダメよ……ああ……ん。ダメ」
「抱かれた後の、そなたは美しいのだ……本当は抱かれている時が一番だがな」
「だって、時間が……」
「かまわぬ」
そう言うと王は、アレックスをソファーに押し倒した。
時間をかなり過ぎて、後宮に王が現れた時、3千人の女たちが驚きの表情でそれを見た。
王の愛を受けたばかりのアレックスは、その肌が艶めかしく紅潮しており、嫉妬するほどに美しかった。
しかしそれ以上に彼女たちを驚かせたのは、その手を王が握っていた事だった。
その上女官長に、自分の隣にアレックスの席を用意するよう申しつけたのだ。
これは後宮ではお妃並みの扱いであるが、アレックスはそんな事は知らず、ただ嫉妬に狂った6千もの瞳に恐れおののいていた。
『いや~。今にも呪い殺されちゃいそうよ』
思わず王の手をギュっと握ると、力強く握り返してくれた。
用意された席に座ると、やっと全体を見渡せる気持ちになった。
天井の高い大広間には、色とりどりの露出の多い衣装をまとった美女たちでひしめいていた。
中央には噴水とプールがあり、全裸の女が泳いでいる。
テーブルには美食が溢れんばかりに盛られ、王の来宮を祝って、特大のシャンパンタワーがキラキラと輝いていた。
その頂上にあるシャンパングラスの2つを、下女が王とアレックスに持って来た。
乾杯をし飲もうとすると、王が自分のグラスとアレックスのグラスとを替えた。
「?」
砂漠の儀式の一つだろうかと、不思議に思っていると、周りの視線が一層痛くなったのに気付いた。
『何よ? 何なのよ?』
今度は皿に食事が盛られ捧げられたが、王はアレックスの皿を下げさせ、自分の皿からアレックスに、自らの手を使って食べさせた。
「まぁ~!」
どよめきが、後宮に響いた。
アレックスは堪らなくなり、王に言う。
「ねぇ、恥ずかしい。自分で食べられるわ」
「ならぬ」
アレックスには、王が何を考えているかわからなかった。
わかるのは、女たちの嫉妬がどんどん強くなっていっていると言う事だけだ。
特に女官長は苦虫を噛み潰したような顔で、アレックスを見ている。
暫くするとプールの前で、歌と踊りが始まった。
音楽に合わせて噴水が動くのは、まるでラスベガスの一流のショーのだ。
本場のベリーダンスは情熱的で、見るだけで身体が熱くなるようだった。
踊りを見ていると、女官長が近付き、王に何かを話した。
王はアレックスに「用事が出来たので、少し席を立つ。私が戻るまで食事も飲み物も一切取ってはならぬ。わかったな?」と言うと、大広間を出て行った。
『砂漠って、しきたりが厳しいのね……』と思っていると、女官長が再び席に近付き、今度はアレックスについて来るように言った。
賑やかな大広間を一歩外に出ると、廊下はシーンと静まり返っていた。
「あの……アタシに何の用でしょう?」
「そなた! 何をお妃気取りで、この場所にいる!」
「だって……王様に、突いて来るように言われたんですもの……」
「その尻で、王を誑かしたようじゃが、そうはいかぬ!」
「何よ、その言い方!」
「王はそなたが珍しいだけじゃ。尻は具合がいいと言うからのう」
「……」
「今、王は後宮一の美女と御寝所へ入られたぞ」
「……嘘!」
「尻技をたんと教え込んだので、そなたなぞもういらぬわ」
アレックスの瞳に涙が光った。
「そなたは王の御寵愛を受けたつもりだろうが、王は誰も愛さぬ」
「し……知ってるわ……」
「王はお亡くなりになった、サリージャ姫を今も想い続けてらっしゃるのじゃ」
「サリージャ姫……?」
「お妃になるはずだったのが……悲しい事に、その前にお亡くなりになったのじゃ。サリージャ姫を想い、王は生涯妃は持たぬと言っておられる」
「……」
「そんなことも知らずに、お妃気取りとは、肩腹が痛いわ」
女官長の言葉は、鋭い刃となってアレックスの心を切り刻む。
「それ故、後宮にいる女たちは王の性欲を満たす為と、御子を孕む為におるのじゃ」
「……」
「御子を孕めぬそなたが、この後宮に入れると思うか?」
「…………」
「もうそなたの用は済んだ。明日は帰国であろう。金を握り、国へ帰るが良い!」
アレックスは走った。
どこをどう走ったか覚えてないが、気がつけば自分の部屋に戻っていた。
扉を閉めたとたん、嗚咽が喉を切り裂いた。
心配をした仔犬が、アレックスの足もとで「ワンワンワン」と小さな声で鳴く。
「ごめんなさい……今は1人にして」
そう言うと、アレックスは窓を開けてバルコニーへ出た。
寒風が身体を突き抜ける。
だが唇がワナワナと震えているのは、寒さのせいではなかった。
両肩をかき抱き、声をあげて泣いた。
涙が枯れるほど泣きつくした時、「何をしているんだ?」と、聞きなれた声が聞こえた。
泣き腫らした顔で振り返ると、そこには王がいた。
「ばかもの! 砂漠の夜は寒いんだ。凍えるぞ」
凍えて死ねるなら、死んでしまいたかった。
王に腕を掴まれ、部屋に入れられる。
「どう……して……ここに……いるの?」
しゃくり上げながら、王に訊ねる。
「広間に戻ったら、そなたがいないので探したぞ!」
「後宮に泊まる……んじゃ……ないの?」
「どうした? 何があった?」
アレックスはただかぶりを振るだけだった。
何を訊いても答えぬアレックスに、王はその唇をふさいだ。
「なんと……こんなに冷たくなって……」
首筋を這う王の唇が熱い。
「ぃゃ……ぃゃ……」
アレックスは弱々しく抵抗したが、王に組みしかれてしまった。
「……私の、アレックス……」
激しい王の求めに、涙があふれて止まらない。
心では拒んでいるのに、慣れた指使いに身体が反応してしまう。
身体をどんなに重ねても、王の心はここにはない。
死んでしまった人には敵わない。
思い出は、美し過ぎるものなのだから……。
狂おしいほど愛しい人に突き上げられながら、快感に囚われた自分が惨めでならなかった。
「うっ……ううっ……」
「なぜ泣く?痛いのか?」
かぶりを振りながら、アレックスはその意識を手放した。
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