英国―――ケンブリッジ、ケム川。
雪の降り注ぐ川縁は、指が悴《かじか》むほど寒かった。
スタッフが用意したストーブの前に、毛布に包まって座り、メイクを直してもらっていると、おしゃべりなメイク係が話しかけてくる。
「今のシーン、すごく良かったわよ。ああ……それにしてもなんて綺麗な顔なのかしら。メイクのし甲斐があるわ」
そう言って差し出された手鏡を覗いてみると、ハリウッド流のメイクを施された顔があった。
見慣れたその顔を、僕は顔を美しいとも醜いとも思わない。ただ目があり、鼻があり、口がある―――それだけの事だ。
しかしこの顔のせいで嫌な事思いをした事もあれば、現在食って行けているのも事実だった。
ほんの半年前まで僕はニューヨークで、普通に暮らしていた。
見栄っ張りの父が作った借金の肩代わりに、二十歳を過ぎた僕が男娼として買い取られるなんて思いもしなかった。
ましてやその後、俳優になるなんて……当時の僕には想像もできなかった。
年は食っていたものの、金髪でブルーアイの上、男性経験のない僕は上玉らしい。
それだけにマフィアの部下にやられることもなく、『初物』として最高級の客に差し出されたのだ。
その日僕は、先輩である年下の男娼たちに身体の準備を教わり、ホテルのペイントハウスで男を待っていた。
習ったのは身体の準備だけで、男の喜ばせ方等は何一つ判らない。
ただマフィアのボス直々に言われたのは、どんなことがあっても絶対に逆らわないと言う事だった。
それだけに僕は怖かった。
相手はどんな奴でも一緒だ。
ただ無事にその時間が過ぎればいいと願った。
深夜になってやってきた相手は、想像したよりは随分と若く、また長身の男だった。
後ろに撫で付けた黒髪に、濃紺の瞳は切れ長で冷たい光を放っていた。
僕を値定めするように見つめるその姿は、まるで黒豹の様だった。
美しい男と言うのはこんな男なんだと、僕は思った。
僕の様な女顔ではなく、男らしい自信と威厳に満ちた顔。
高級なスーツを嫌みなく着こなすこの男の姿に、僕はほっとした……それも束の間、男は大型のTVに男同志の行為の映像を流し始めた。
「やってみろ」
男はソファーに深く座ると、そう言った。
何を意味しているか判らずたじろぐ僕に、男は自分の物を指さし言った。
「どうした?」
男の態度は有無を言わせぬものだった。僕は跪《ひざまず》くと男のベルトに手を掛けた。
「脱がさなくていい」
「……でも、服を汚したら……」
「汚さないようにすればいい」
そう言うと男はソファーにもたれ掛り、映像を見始めた。
その横顔は端正だが、どこまでも冷たい。
僕はファスナーを開け男の立派なそれを取り出すと、ギュッと目を瞑り口に含んだ。
顔を前後させて扱いていくと、すぐにそれは口に入りきらない程の大きさになっていった。
仕方ないのでその先だけを前後していると、いきなり頭を掴まれぐっと前に引き寄せらる。
男の逞しい物で口いっぱいになり、息が出来ないほど苦しい。
それなのに男は、それ以上に含むことを望んだ。
「飲む込む様に、喉を動かすんだ」
必死になってそれを飲み込むと、男のそれは喉の奥にまで達した。
そのまま頭を持たれ顔を前後させられる。
突っ込まれる度に喉を絞められるような感覚になり、自然に涙が溢れ出した。
そのまま口を犯され続け、男の物が弾けた。
「げほっ。がほっ。がほっ!」
吐きだした白濁が、男のスーツを汚すと
「罰を与えなければならないな」
頭の上から、男の冷たい声が僕に浴びせられた。
「す……すみません」
僕は慌てて誤ったが、男の眼は氷の様に冷たかった。
「舐めろ」
「えっ?」
「その舌で、私の服を舐めろ」
一瞬たじろいだが、僕は男の言う事を聞いた。……いや、聞くしかなかった。
「そうじゃない。もっと舌先で、丁寧に舐めるんだ」
言われたとおりに、舌先を使い舐めていく。
この時僕は、身体を売ると言う事が、こういうものなのだと判った気になっていた。
その行為は僕のプライドを気づ付けるには十分なものだったからだ。
しかしそれは、ほんの入り口でしかなかった。
「服を脱いでベッドの上へ」
指示をする男の目の前で服を脱ぐのは、恥ずかしさより恐怖が強かった。
震える手で服を脱ぐと、生白い僕の身体が晒される。自分自身を隠していた手を、外すように言われた時、僕は羞恥で頬が赤らむのを感じた。
ベッドに上がっても、シーツで身体を隠す事すら許されぬ僕は、ただその身を持て余していた。
「どのくらい私を待った?」
「……3時間ぐらいです」
「では後ろはもう締まってきてるだろう。自分で解せ」
「えっ。……ここで?」
「そうだ。膝をついて脚を開き、解すところを見せてみろ」
「い……嫌です!」
僕は思わず、拒否した。
「何?」
「嫌です……許してください……。バスルームで準備をして来ますから」
「自分が何を言っているか、判らんようだな。その身体で知るといい」
そう言うと、何故だか男は薄笑いをし、服を脱ぎ始めた。
男の日焼けした逞しい身体が、ペントハウスの間接照明に浮かび上がる。
―――こんな男が何故、男娼なんか買う必要があるんだ?
あまりの美しさにそう思った直後、僕は男に乱暴に押し倒され、脚を両肩に抱え上げられた。
そして固く閉ざされた蕾に熱い物が触れたかと思うと、強引にあの逞しい物が捻じり込まれて来た。
「ひぃぁああっ!」
思わず声を上げ暴れる僕を、男は押さえ付ける。
「いやぁあああ! 止めてっ!」
身体を引き裂かれる痛みと共に、男のそれが身体に入って来る。
熱く固いそれは凶器のようだった。
「あうっ……うっ……うっ」
苦しみから涙と共に嗚咽が漏れてしまう。
「痛いのが嫌なら、力を抜け」
言われるままに力を抜くと、その瞬間、男の物がずぶずぶと中に入って来た。
「ひっ……あぁっ……」
「……っ。……キツイな」
「あぁ……や、やめて。……ひぃっ」
気を失いそうになるが、侵入し続ける痛みは、それすらも許してくれなかった。
「いゃぁ……うっ……うっ……」
拷問の様な痛みは容易には終わらなかった。僕の未熟な蕾には、男のそれは大き過ぎた。
腰を打ちつけるように何度も貫かれ、やっと全てを身体の中に収まっても、快感はおろか、苦痛と圧迫感しかなかった。
朦朧とする意識の中、男は「動くぞ」と言うと、腰を動かし始めた。
「ひっ……くっ……うぅ……」
容赦ない動きに、涙がポロポロと頬を伝った。下半身が焼けるように痛い。
そんな僕を、男は息も上げずに軽々と貫き続けた。
そして長い行為が終わった後、僕はやっと意識を手離す事が出来た。
気が付くと、僕はベッドに寝かされていた。尻の下に冷たい物を感じ、触ってみると手に血が付いた。
遠くで聞こえていたシャワーの音が止まったかと思うと、男がバスルームから出てきた。
「お前もシャワーを浴びるといい」
事無げに言う男を、僕は知らぬ間に睨んでいたのだろう。
「そんな顔をするな。また欲しくなる」
「用事が済んだのなら帰ります」
「帰る場所などない。お前は私に買われたんだ」
「どう言う事ですか?」
「お前が寝てる間に、マフィアから200万ドルで買った。お前は私の物だ」
「……」
父の借金は20万ドルだった。それなのに男はその十倍もの金額で僕を買ったと言う。
こんな僕を200万ドル払って買ったという男が、心底怖くなった。いったいこの男は何者なのだろうか。
「明日から演技の勉強をしろ」
「演技?」
男の唐突な命令の意味が、僕には判らなかった。
「お前は俳優になるんだ」
「そんな無茶な!」
「私がお前をスターにしてやる。一流のハリウッド俳優にな」
そう言うと、男は冷笑した。
それから5カ月間、僕は最高の講師の元で演技の特訓を受けた。
僕に与えられた役は天使だった。人間の男と恋をした為、天国に帰れなくなった天使の役など、自由を奪われた僕には皮肉過ぎた。
そして今、その撮影でロンドンに来ている。
撮影の合間、メイクを直してもらいながら、僕はそっとあの男を見る。
監督と打ち合わせをしている男は、この映画のプロデューサーであり、事務所の社長でもある、僕の飼い主……ルシガだ。
何度も抱かれている間に芽生えたこの感情を、何と言えばいいのだろう。
憎しみ呼ぶにはあまりにも甘い感情が、僕を支配していた。
TOP NEXT参加しています。よろしかったら、ポチお願いします。
↓
にほんブログ村
Information