【はちみつ文庫】 天使の値段 4 【R-18】
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□ 天使の値段  □

天使の値段 4 【R-18】

 ロンドンの最終ロケは、大英図書館の休館日に、そのドーム棟を借り切って行われた。

 天使達が地上で落ち合う場所に設定されたドーム棟の閲覧室は、淡いブルーと白の半円状の屋根に、窓がずらりと並ぶ素晴らしく美しい建物だった。
 僕らは天使が人間になった後、仲間を探し図書館を彷徨うという、最後のロケシーンを撮っていた。

 この撮影が終わっても、アメリカに帰れば、残りのシーンをスタジオの中で撮らなければならなかったが、一つの大きな区切りを迎えようとしていた。

 天使である僕が恋する相手は、男だ。
 天使は中性だから、男女どちらが演っても良いのだが、男の俳優同士が恋人になるのが、この映画のセールスポイントの一つであるらしい。
 監督自身もレズビアンとして有名な人で、天使の堕落と、禁断の恋をだぶらせて描いているようだ。

 壮大なドームの下に、天使と人間役の役者達が点在する中を、僕は見えなくなってしまった仲間を捜し求めて、図書館を走り廻った。
 何度もカットが掛かり、再度フィルムが回り始める。
 限られた時間で、クレーンを使っての大がかりな撮影は、緊張の連続だったが、僕は必死で演技をした。
 それが僕がルシガに出来る、唯一の事だったからだ。

 僕は、彼に認めて欲しかった。
 それで愛を得られるかどうかは解らなかったが、少しでも彼に近い場所に立ちたかった。

 あの夜以来、例の青年を見ることは二度となかった。
 しかしルシガは見えない所で、彼に会っているのかもしれない―――そんな恐れにも似た焦燥感が、僕をより熱心にさせていた。

 「カートッ!」という監督の声に、一瞬沈黙が走る。
 そして「いいよ。オッケー、終了!」の声と共に、館内に歓声が沸き起こった。

 ルシガに目を向けると、満足そうに頷いている。
 僕は撮影が終わった事よりも、彼が喜んでくれた事が嬉しかった。




 その夜は、ロケの終了を祝ったカクテルパーティーが、制作会社主催で開かれていた。

 僕はロンドンのクルー達と、最後の挨拶を交わした。
 気さくなスタッフとの会話は、上流階級の人々とのそれとは違い気楽だったが、気がつけば僕はルシガの姿を追っていた。

 その時、急に叫び声が聞こえた。

「アレックス! アレックス!」

 僕の名前を呼んでいたのは、四十代の女性だった。
 いわゆる熱心なファンというやつだろうか……僕は何度かロケ地で、彼女の姿を見ていた。

 彼女は会場の警備員に捕まり、連れ出されようとしていた。

「アレックス! 私よ!」

 デビュー前からファンというのは、ありがたい事なのだろうが、僕には彼女が理解できなかった。
 僕の何も知らず、演技すら見たことがないのに、どうしてそれほど熱心になれるのだろう。
 きっとこの会場にも、警備の目を盗んで、忍び込んだに違いなかった。

 僕は気づかないふりをして、人混みに隠れた。
 彼女と接するのは、ルシガから禁じられていたからだ。
 彼女は僕の代わりに、ルシガを呼びつけた。

「ルシガ! アレックスに会わせて! お願い!」

 ルシガは眉をしかめ、スタッフに追い出すように指示をする。

「アレックス! アレックス!」

 泣き叫びながら僕を呼ぶヒステリックな声に、僕は背筋がぞっとした。




 挨拶が終わり、スタッフに酒がまわってくると、ルシガはパーティー会場を出て行こうとしていた。

「お前はゆっくり楽しめばいい」と言う彼に「僕も帰りたい」と言うと、いつになく上機嫌のルシガは、僕の意見を聞き入れてくれた。

 そればかりか、エレベーターに乗ると、彼は僕の髪をくしゃりと掴み「よく頑張ったな」と言ってくれた。
 彼から聞く初めての労いの言葉に、僕は涙が出そうになった。

 僕はこの言葉を聞くために、今まで頑張ってきたのかもしれない。

 エレベーターが開くと、僕は彼の後ろを歩き、出口に向かった。
 ベルボーイに扉を開けてもらい、外に出ると、車が目の前に止められていた。
 
 その車に向かって歩き出した時、僕らは再びあの声を聞いた。

「アレックス! 私よ、私!」

 先程の女がホテルの外で、僕を待っていたのだ。

「アレックス、車に乗れ」

 ルシガはそう言うと、僕の前に立ち塞がった。

「ルシガ、邪魔しないで。私のアレックスに会わせて!」
「だめだ」
「どうしていつも邪魔をするの? 貴方さえ、貴方さえいなければ……」

 女はそう言うと、ハンドバッグから何か光る物を取り出した。青白い月に浮かび上がったそれは、ナイフのようだった。

 ルシガが危ない! ―――そう思った瞬間、僕の身体が動いていた。
 
「アレーックス!」

 強い衝撃を背中に受け、何が起こったか解らぬまま、叫ぶルシガの腕に抱かれながら、僕の意識は遠退いていった。




 遠くでピーピーピーという、無機質な機械音が小さく聞こえていた。
 僕はどうやら眠っているらしい。重い瞼を無理矢理開けると、視界が白くぼやけていた。
 頭がはっきりとせず、どこにいるのか分からなかった。

「アレックス、気がついたか?」

 聞き慣れた声に視線をずらすと、ぼやけた視界からルシガの姿が現れた。

「……んっ……つっ!」

 返事をしながら寝返りを打とうとすると、自分が俯せに寝かされていることに気がつく。
 身体を少し動かしただけで、右の背中が焼けるように痛かった。

「動くな。私が分かるか、アレックス?」
「……はい」

 周りを見ると、そこが病院のベッドであることが分かった。
 ふと目に映った自分の手が、ルシガの手に包まれているのに気づき、僕はその優しい温もりに、ほっと息をついた。
 
「僕……刺されたんだ」
「ああ。私の代わりにな……」

 ルシガはそう言いながら、片方の手で自分の頭を押さえている。

「お前を守るつもりだったのに……すまない」

 意外なルシガの言葉に、僕は彼を見た。

「あの女は以前から、自分はお前の恋人だ、お前に会わせろと、何度も言ってきていたストーカーだ。私がもっと気をつけていれば、こんな事にはならなかった……」

 俯いたルシガの顔が、苦しげに見えた。

「……僕は……平気だから」

 そう言って彼に手を伸そうとしたが、届かなかった。
 僕の手が空しく空を描いた時、ルシガが言った。

「お前はどうしてそうなんだ? 私が憎くないのか? 私が死ねば、お前は自由になれるのに……」
「ルシガが……無事で良かった……」
「どうしてなんだ? どうしてお前は汚れない? 汚しても、汚しても、綺麗なままなのは何故なんだ?」
「……意味が……分からない」
「私はこんなに汚れているのに……お前は清らかなままだ。私はお前を金で買い、嬲《なぶ》りものにしてきたというのに……」

 そういうルシガの表情は悲しげで、今にも消えてしまいそうだった。
 僕はそんな彼を、地上に引き留めるかのように口を開いた。

「愛してる……」

 今まで言えなかった言葉が、素直に口から出てきた。

「……愛してるだと? ……何も知らないくせに。お前を手に入れるために、父親に借金をさせるようにしたのは私だ!」
「……」
「マフィアを使って、全て私が仕組んだ」
「……どうして?」
「お前を映画に使いたかったからだ」
「……それだけ?」
「……」

 ルシガの表情に戸惑いが見えた。

「それだけなの?」
「ああ、そうだ!」
「だって、僕を守ってくれたじゃない?」
「……お前は私の商品だからだ!」
「違うよ……ルシガ。もう自分を悪く言わないで……」

いくら世間知らずの僕でも、そんな面倒な手段をとるより、ただの役者として雇った方が簡単なことは分かる。

「お前は何も知らないんだ。私は汚い男だ。そうやって上り詰めてきた」
「ルシガ……それでも僕は愛してる」
「……?」
「どんなルシガも愛してる」

 もう一度確認するように、僕は言った。

「ハッ。……ハハハハ……」

 彼は声を立てて笑った。それはまるで泣いているようにも見えた。
 それから暫く黙って何かを考えていたかと思うと、彼は重い口を開いた。

「……ま ったく、お前って奴は……」

 そして一つ大きな溜め息をついて言った。

 「負けたよ……アレックス」

 そう言うと彼は僕の髪を撫で、頬に触れるか触れないかの優しいキスをしてくれた。

「……私もお前を愛している」

 予想もしなかった彼の言葉に、僕の心が震えた。
 涙が一筋零れたかと思うと、僕は安心したのか、意識が遠退いていくのが分かった。




 それから退院までの間、ルシガは少しずつ、僕にいろいろなことを教えてくれた。
 
 ストーカーの女性から、ずっと守っていてくれていたこと。
 僕を買いたがったアサードに、あの青年を紹介したこと。 
 そして彼の性癖が、幼少時代の経験から来ていること。
 彼がこの世界に、名を馳せるまでにした数々のことを。

 傷が癒えるまでの二週間は、互いを理解するには十分な時間だった。
 



 退院すると、僕らは互いを貪るように求め合った。ルシガは僕の傷を気遣いながらも、激しく愛してくれた。

「あっ……あっ……あぁあ……」

 下から突き上げられると、僕の身体に悦楽が駆け抜けた。
 激しく揺すられ、欲望が解き放たれた後、ルシガは僕を優しく抱きしめこう言った。

「お前と始めて会った時、見つけたと思った」
「……何を?」
「私の天使を見つけたと……」

 窓の外には、この季節には珍しく、青空が広がっていた。
 穏やかに差し込む光は、天使の羽のように僕らを優しく包み込んでいた。




         了




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Date:2011/03/22
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