【はちみつ文庫】 白い薔薇は夜散らされる 2
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□ 白い薔薇は夜散らされる  □

白い薔薇は夜散らされる 2

下町の安酒場。

青年が一人で酒を飲んでいた。
見事な銀髪に、すみれ色の瞳が印象的な、女と見間違うばかりの美青年だ。
本来ならば貴族の中にいてもおかしくない風貌であるというのに、不思議とこの安酒場に馴染んでいた。
その存在感の消し方は、見事としか言いようがなかった。

人々はそんな青年には目もくれず、噂話で盛り上がっていた。

「おい、昨夜も怪盗ヴァイオレットは予告状どおり、モンテギュー伯爵の家忍び込み、お宝を奪ったんだってな!」
「あの伯爵も悪どいことばかりしてるから、狙われたんだぜ」
「いい気味だな」
「これで何件目だろう?」
「地方のお城も含めりゃ、そりゃあ大した数だぜ」

青年は頬杖を突きながらグラスを傾けていた。

「怪盗ヴァイオレットか……」

青年はそう呟くと、薄く笑い、グラスに残っていた酒を飲み干す。

「頼まれごとは、しなきゃならないよな……」

寂しげなその顔は、あの夜、ブグロー男爵の部屋に乱入した女のものだった。




誕生日が、あと十八日後に迫ってきた朝。

アレックスは入浴を済ませ、躰を拭いていた。
ふと目に入った浴室の鏡に、自分の姿が映っている。
それを見た瞬間、アレックスの躰はかっと熱くなった。
ブグロー男爵の屋敷で耐えがたい行為を受けていたときに、突然現れた男のことが脳裏に浮かんだのだ。

月に照らされた夜の海のように輝く黒髪と、切れ長の濃紺の瞳が印象的な男だった。
歳の頃は二十代後半くらいだろうか?
自信満々な態度が眩しかった。
あんな男に生まれてきたかった。

それなのに自分は、無様な姿を見せてしまった。
あの人は自分のことを、男娼とでも思ったのだろうか?

そう考えると、アレックスは息苦しくなった。
しかし、ふと我が身をかえりみて、そんな自分がおかしくなった。

自分は男娼と何処が違うというのだ。
借金の形に、男に金で買われる身だ。
貞操を誓わされて、何度となく躰を調べられた自分に何のプライドがあるというのだろう……。

もう二度と会うことのない通りすがりの男に、煩わされ手いる自分を嘲た。

――そう、もう二度と……。

アレックスは鏡に近づき、自分を見た。
金髪に青い瞳が取り柄なだけの、人形のような顔だ。

――そう、人形。

自分は、爵位を守るためだけに生まれてきた人形なのだ。
この躰も……そしてこの心も、家名の物であって自分の物ではない。

アレックスは冷めた眼差しで自分を見つめると、眉をしかめ、その場を後にした。




朝食の席には既に叔父が座り、主を待たずに食事を始めていた。
アレックスがテーブルに着き、ナプキンを取り上げたとき、執事が慌ただしく駆け込んできた。

「なんだ騒々しい!」

叔父は苛立ちに眉をひそめ、執事を叱咤した。

「旦那様宛に、これが……」

アレックスは執事から すみれ色の封筒を手渡された。
宛名にブランシェール伯爵とあり、裏を見ると怪盗ヴァイオレットと書かれていた。

「怪盗……ヴァイオレット……」

アレックスがそう読み上げると、叔父は封筒を取り上げその封を切った。
中にはカードが一枚はいっていた。



『ブランシェール伯爵殿  
    
     明日、貴殿の白き宝石をいただきに参る
                   
                 怪盗ヴァイオレット』



「な……な、な、なんだと?」

叔父が思いもよらぬ うわずった声を上げた。

しかしアレックスには分からなかった。
白き宝石――家宝のダイヤモンドや真珠は、とうの昔に借金の返済に使われ残ってない。
この家にある金目の物は、銀の食器ぐらいしかないはずだ。
ましてや悪どい貴族を狙うというヴァイオレットが、この屋敷を狙うというのも変だった。
そんな奸知があれば、家が傾くこともなかっただろう。

「ただのいたずらですよ、叔父上。我が家には取られて困る物などもうありませんから」
「そ、そうだな……」

落ち着かぬ様子の叔父を気にしながらも、世間知らずのアレックスは疑いを持つことはなかった。




その日の午後、叔父は急な用を思い出したと、田舎にある自分の屋敷へ帰ると言い出した。

「誕生日までには帰ってくる。明日はブグロー男爵が屋敷の警備をよこしてくれるそうだから、安心するがいい」

そう言い残すと、叔父は馬車に大量の荷物を持ち込み、逃げるように旅立っていった。
その荷物の中には叔父がアレックスを騙し手に入れた、ダイヤや真珠を含めた家宝の数々が詰め込まれていた。

そんななことも知らぬアレックスは、叔父が田舎へ戻ったことにほっとしていた。
少なくとも叔父が帰ってくるまでは、ブグロー男爵に会わなくてすむのだ。
アレックスは息を抜くため、街へ出かけることにした。

叔父がいない開放感からか、それとも迫り来る誕生日からの逃避か、その日アレックスは小間使いの服を借り、街へ出ることを思いついた。
他の貴族は割にやっていることだったが、彼にとっては初めての経験だった。
叔父に叱られるからと嫌がる小間使いに金を渡し、やっと借りた服を身につけると、アレックスは街へ繰り出したのだった。




その日は日曜日で街には小さな市が立ち、広場は人々で溢れかえっていた。
アレックスは物珍しげに辺りを見回し、その活気に心を奪われる姿は、どこから見ても隙だらけだった。
その姿を目で追う一人の男がいた。
背が高く、逞しい体躯を持った黒服の男の視線など気づきもせずに、アレックスは大道芸人の踊りを見ては子供のように手を叩いていた。

踊りを見終わると 彼は広場を抜け、商店が建ち並ぶ一角の古道具屋の前でその脚を止める。
ガラクタと言われるような品々が、彼にとっては新品のおもちゃのように思えた。
アレックスが陶器でできた小さな鳥の置物を見ていると、一人の男がぶつかって誤りもせずに走り去っていった。

無礼な奴だとその美しい眉間にしわを寄せた後、アレックスは急に不安になり財布を確認した。
思った通り、財布が胸の内ポケットからなくなっているではないか。

――スリだ!

走り去った方向を見ると、その男がこちらを見て笑っていた。
その不適な姿に、アレックスはかっとなると、気がついたら後を追っていた。

「そこの男、待て!」

男は彼が追ってくるのを確認すると、急いで小さな路地に入り込んだ。
それを追ってアレックスが角を曲がると、そこには誰もいなかった。

「……どういうこと?」

そう彼が呟いたとき、いきなり後ろからから抱きすくめられ、節くれ立った荒々しい手でその口が塞がれた。
一瞬のことに訳も分からず、ばたつくアレックスの耳元で、しゃがれた男の口が臭い息と共に開かれた。

「静かにしてもらおうか、別嬪さん」

後ろから人がやってくる気配がすると、二人の男がアレックスの脚を持ち上げながら言う。

「兄貴、こりゃぁ上玉ですね」
「ああ、高く売れるぜ」

男達は皆、アレックスより小柄だったが、多勢に無勢だった。
そのまま石造りの家に連れ込まれそうになったとき……

「待て!」

何処からか男の声が響いた。
低く艶のある声だった。

「その坊やを渡してもらおうか」

一人の男が影から現れた。

傾きかけた陽に照らされたその姿は、あの夜、ブグロー男爵の屋敷で見かけた 黒髪の男だった。




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Date:2011/04/25
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