【はちみつ文庫】 adventure―とおりすがりのひと 1
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□ adventure―とおりすがりのひと □

adventure―とおりすがりのひと 1

※このお話はリバです。ご注意ください。




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自分が男に興味がある……いや、男にしか好きになれないと初めて自覚したとき、絶望と言う名の崖に立たされた気がした。
僕が住んでいたアーカンソー州の田舎町では、ゲイに対する差別が根強い。
男らしさが何よりの誇りであるこの町では、ゲイは差別の対象であり、事実、ゲイである――ただそれだけの理由で、人気者の理髪店の店主がそれとわからぬ姿で朝日の当たる裏路地で見つかるような場所なのだ。
死体は多人数による暴行の後、車で引かれただけでなく、小便までかけられていたという。
そのくらい、ゲイは忌み嫌われた存在なのだ。

アメリカは自由の国。
ゲイの市民権が守られた国なんて嘘っぱちだ。
差別が激しいからこそ、『差別のない社会』などと言う言葉が行き交うのだと僕は思う。
ニューヨークやLAなどの大都会は別にして、アメリカは巨大な田舎なのだ。
田舎者達は、枠の中にいることに安心し、異形の者を貶めることで己の価値を見いだす。
そんな場所から逃げるために、僕は高校卒業後、学費を貯めてこの街にやって来た。

澄み切った青空の下、キャンパスに足を入れたとたんに、僕の心は浮き足だった。
ドミトリー(学生寮)に荷物を置くと、シャワーを浴び、日の暮れ始めた街へと繰り出す。
街は次第に妖しい光を放ちだし、夜の匂い、人々のざわめき、そのどれもが田舎町とは違っていた。

育った町なら、道行く人はみな知人だ。
しかしここには誰一人僕を知る人はいない。
何をしても「あの家の息子が……」と言われることなどないのだ。

――あの店に行ってみよう。

天に昇るような高揚感と、重圧から解き放たれた開放感が、僕にその店に行く勇気をくれた。
ゲイであると自覚しても、今までは相手を見つけることができなかった。
思いを寄せている相手にすら、それを悟られぬよう努力をしていたのだから。

僕は頭の中で、何度も見たあの地図を思い出した。
この街に来たら行こうと決めていた店は、ゲイが屯することで有名なバーだ。

表通りを曲がり、路地裏にある小さなホテルの脇にその店の入り口はあった。
重い扉を開けると、地下に繋がる暗い階段があり、その半ばに人の影が見える。
目をこらしてみると、柄物のシャツと、身体に張るつくようなTシャツを着た男達が、貪り合うように口づけを交わしていた。
奥の扉から聞こえ漏れてくる音と、男達の激しい息づかいに僕は思わず生唾を飲み込んだ。
Tシャツがめくり上げられ、浅黒い筋肉の上を、節くれ立った男の指が這っていく。
初めて見る情事の欠片に、下腹部が熱くなるのを感じた。
僕は二人の横をすり抜けると、そのまま続く階段を下り、扉の前に立った。

扉はいかにも頑丈そうで、資格を与えられた者しか入れぬような厳めしさがあった。
そう。それは、開いてはならないパンドラの箱。
中に入れば、二度と後戻り出来ないだろう。
しかし戻る必要があるのか?

――あの息苦しさをもう一度味わうくらいなら、全てを失ってもかまわない。

そう自分に言い聞かせると、僕は大きく息を吐き、その扉を開いた。




店の中は黒を基調にしたモダンな作りだった。
カウンターやテーブル上の照明は、まるでスポットライトのようにその席に座った人物を照らしていた。
テーブルの素材が光を反射させる物なのだろうか?
跳ね返った光がまばゆく、その席の主を輝かせている。
幻想的に浮かび上がる人々の間を、ジャズピアノの音が流れていた。

田舎のバーとのあまりの違いに、僕は戸惑った。
そこにいる人々は、テイストは違えど、皆洒落た格好をしている。
シャワーを浴び、シャツを引っかけてきただけの自分が急に惨めになったが、店の暗さに救われた気がした。
何よりも甲高い女の声や、甘ったるい香水の香りがしないのが心地良かった。

僕はカウンターの一番隅の席に腰掛けた。
バーテンダーにビールを頼むと、隣の男が話しかけてくる。

「一人なのかな?」
「あ……はい…・」
「可愛いね、君」

抱き寄せられるように首に手を回されると、僕は思わず身構えた。
男に身体を意図的に触れられたことなど、今まで経験したことがなかったからだ。

「何? こういうところは初めてなの?」

息がかかるほど近づいてきた男の顔を見て、僕は息をのんだ。
何がどう違うのかわからないが、顔が不自然なのだ。
それはまるで人間でない生き物のよう見えた。

都会では男もアンチエージングの整形をするなど、その時は知らなかった。
整形はすればするほど、マネキンのようになってしまう。
吊り上げられた皮膚は引きつり、表情を奪っていくからだろう。
そんな人間味を感じられぬ皮膚の中に、瞳は粘り着くような輝きを放つ瞳があった。
爬虫類のように不気味なこの男は、今思えば僕の祖父ほどの歳だったかもしれない。
皺だらけの首をスカーフタイで隠すのは、年老いたゲイのお家芸のようなものであり、その男の首にはブランド物のスカーフがしっかりと巻き付けられていた。

「いえ……あの……僕は」
「いいじゃないか、こっちにおいでよ」
「いえ……その……」

女のように悲鳴を上げるわけにもいかず、その場を立とうとすると、バーテンダーがビールを差し出してきた。
仕方なく口をつけようとすると、呆れたように男が言った。

「何、それビールじゃない? ダメダメ、こんなところでビールなんか飲んじゃ。おい、この子に例のアレを頼むよ」

男はバーテンダーに何か注文を出している。

「いえ……僕はこれで……ビールが好きなんです」

僕がそう言うと、男は声を押し殺し囁いた。

「ビールなんて飲んでたら、田舎者丸出しだよ」

見透かされたような言葉に、僕は顔から火が出そうになった。
都会の人間が田舎者など一瞬で見分けるとは知っていたが、あからさまに言われるとどこかに身体を隠したい気分になる。
バーテンダーが運んできたのは、ウィスキーグラスに入った赤黒い液体だった。

「さあ、飲んで。俺の奢りだから」
「でも……」
「いいから。さあ、飲みなさい」

半ば無理矢理飲まされそうになったとき、白く長い指が僕とグラスの間を遮った。

「だめよ、こんなの飲んじゃ」

耳元で、たしなめるような声が囁いた。
ハスキーで魅力的な声に振り返ると、そこには金色に輝く大天使が、白く大きな羽根を広げ佇んでいた。



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Date:2013/08/06
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