人間達に誤解されているが、吸血鬼の命は永遠ではない。
確かに老化の速度は、人間のとは違う。
寿命が160歳から200歳なので、人間の2日が吸血鬼にとっては1日に値する計算だ。
心拍数は遅いものの心臓は動いているし、鏡にも映れば、十字架やニンニクも怖くない。
しかしエネルギー摂取が、主に吸血によって行われる事だけは事実だ。
戸籍やIDカードの所持等で、現在のアメリカにおいて吸血鬼が住むのは非常に難しくなっている。
しかしアレックスの曽祖父はアメリカの闇の大統領とまで言われた大富豪で、各国にそれぞれの戸籍を持ち、曽祖父、祖父、父、アレックスが、その見た目に合った戸籍の場所に住むことにしているので、問題はなかった。
そんな大金持ちなので、血液を採取するシステムも持っていた。
採血センターや、食肉卸の会社が彼の一族の傘下にあるのだ。
アレックスも家族と円満であれば吸う《くう》に困らないのだが、彼の男好きが災いして、孫を欲しがる祖父と疎遠になっている為、援助を受けるられずにいた。
いつもアレックスは限界まで待って、どうしても血が必要になるとヒッチハイクで男を騙す。
普段なら400cc飲めば1週間は生活できた。
しかし今回は仕事でどうしても外に出ることができず、3週間我慢して、やっと出かけた先で出会ったのがジョージだったのだ。
ジョージにとっては運が悪かったとしか、言いようがなかった。
そんなアレックスの表の本業は、ファッション雑誌の編集長だった。
過去形なのは彼がたった今、辞表を提出したからである。
「どういうことだ? 引き抜きか? それより良い条件を出すぞ」そう言う社長に
「新雑誌の立ち上げも終わりましたし、他にやりたいことがあるので……じゃあ、失礼しまーす」
と言うと、アレックスは颯爽と社長室を出て行った。
会社勤めなど、どうせ長くは出来ないのが吸血鬼だ。
それならキャリアなどとっとと捨てて、愛に生きた方が良い。
それにアレックスは、既に次の勤め口を心の中で決めていた。
それは今朝の、探偵事務所からの報告から始まった。
「ご依頼されたルシガさんの件ですが、現在特定の恋人はいらっしゃらないようが、かなりモテるようで 女性には不自由してないようですねー」
「ふーん……他には?」
「一緒に住まれていた妹さんですが、婚約者を亡くされたれたショックから実家に帰られました。それに伴い、家政婦を募集しています」
「家政婦?」
「はい。近くに住んでいて、朝食の用意が出来る人を探しているようでなんですが……」
「それよ、それっ!」
「はい?」
「アタシ、家政婦になるわっ!」
そうなのだ。
このとき、アレックスは即決したのだ。
キャリアを捨てて、ルシガの家の家政婦になると。
そのくらいアレックスは、ルシガに恋してしまっていたのである。
その一軒家は、1人で住むには大き過ぎるように思えた。
アレックスは約束の時間より5分遅れて、そのベルを鳴らした。
アメリカではこのちょっとおくれるが、礼儀であった。
ドキドキしながらその扉が開くのを待つ。
「ああ、すまない。こんな遅い時間に来てもらって……」と言いながら出てきた、ルシガの顔が驚きの表情に変わる。
「君は……確か、ジョージの友達の……」
「あれっ? ああ、びっくりした! こんな偶然ってあるんですね」
「どうしてここへ?」
「家政婦の応募に来たんです」
「……なぜ男の君が家政婦を?」
「実はアタ……ぼ、僕、作家志望なんです。自由になれる時間があればいいなと思って。それにここ、条件が良かったので」
アレックスは、出来るだけ男らしい話し方をした。
オカマっぽいからと、選考から外されるのが嫌だったからだ。
「夕食は勿論だが、朝食を作ってもらうのが条件なんだが……」
「大丈夫です! 僕、早起きですから。それに料理は得意なんです」
「住む所はどうする?」
「近くのアパートを探します」
「だったらここに住むといい」
「えっ……?」
「ジョージの友達なら構わないよ。その分、土日は朝食だけ作ってくれたら助かるんだが……」
「ええ! ええ!」
アレックスはこんなラッキーなことはないと思った。
まさに鴨がネギをしょって鍋に入って、家に迎え入れようとしてくれてる。
「ただし、私のプライベートの詮索はしないでくれ」
「了解です! えっと、夕食はもう食べましたか?」
「まだだが?」
「じゃあ、今から何か作ります!」
そう言うとアレックスは家に上がり込み、食事を作り始めた。
『男を落とすなら、胃袋を掴め』とは、よく言ったものだ。
アレックスの男言葉は3日ももたなかったが、その頃にはルシガは完全に彼の料理の虜になっていた。
それどころか掃除洗濯もパーフェクトなアレックスを「女言葉を使うから」を理由に、辞めさせる事は出来なかった。
しかし身の危険は感じられたようで、部屋には内鍵を掛けられてしまった。
「あ~ん、ルシガったらぁ、そんなに心配しなくても大丈夫なのに。アタシは強姦魔じゃないわぁ~」
アレックスは、豪華なイングリッシュブレックファーストを用意しながらそう言った。
「何だ、その格好は?」
「何って、短パンだけど?」
アレックスは薄手の黒のVネックのセーターに、同じく黒のお尻がはみ出しそうなくらい短い革のパンを履き、脚には黒のレッグウォーマーを身につけていた。
透けるような白さの太ももが艶めかしく輝き、ルシガを誘っていた。
「そ……そんな恰好をするな!」
「いやん、ルシガったらお顔が赤いわよ~。クラっときちゃった?」
アレックスはダイニングの椅子に足を上げ、ポーズを取った。
「ば、馬鹿野郎! 私は男などに興味はないっ!」
「んふふ。欲しくなったら、いつでも言ってね♡」
「ば、馬鹿を言うのもいいかげんにしろっ!」
「あら? ごはんは?」
「いらん!」
そう言って出かけようとするルシガに「はい、ランチ・ボックス」と、バスケットを手渡す。
「こんな物、食わんぞ」
「捨ててもいいから、持っていくだけ持って行って。こっちはコーヒーね」
「……」
「お見送りしましょうか?」
「馬鹿っ! そんな恰好で外に出るな! 絶対出るなよっ!」
「じゃ。いってらっしゃいのキスは?」
「殺すぞ、コノヤロウ!」
そう言うとルシガは乱暴に扉を閉めて、出て行った。
「んふふ。可愛い……」と、アレックスはその扉に向かって、笑いながら余裕の投げキッスをした。
ルシガは車をいったん出したものの、あの太腿の白さや、桃のように綺麗な形の尻、そしてVネックから覗いて見えた白い鎖骨が目の前をチラついて、運転どころではなかった。
車を道路脇に止めると「畜生っ!」と言って、ハンドルを両手で叩く。
「全く、あいつには調子を狂わされっぱなしだ」
そう言ってランチボックスに目をやる。
ふたを開けると、クラブハウスサンドが入っていた。
一口食べると頬っぺたが落ちそうなくらい旨かった。
「畜生、旨いじゃないか!」
そう言った後、ルシガは片手でハンドルを殴った。
そしてハンドルにもたれ掛かると。
「わーっ!」と大声で叫んだ。
その時彼は、どう理解していいのかわからない感情と戦っていた。
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