三次審査と言う名のレッスンは、合格発表の翌日から始まった。
しかしそれはレッスンと言うより、特訓だった。
選ばれた候補は5人。
しかし1週間の間に、その中の2人が脱落していった。
ある者は「こんなのバレエじゃない! 私がやりたいのはバレエなんです!」と懇願した。
またある者は「先生は私達を全員を落として、結局自分の妹に主役をやらせたいんでしょう? こんなの茶番だわ!」と口汚く、罵った。
しかしルシガはそれに耳を傾けず、残った候補者全員にに1週間以内に跳び箱十八段、縄跳びの二重飛び100回のクリアーを課したのだった。
候補者たちは、午前中には個人的にバーレッスンや柔軟をし、音楽に合わせ踊りを踊れたが、ルシガがレッスンを見る午後からは、ただひたすら縄跳びをし、跳び箱を飛んだ。
しかも練習場を傷めない為に、午後のレッスンはバレエ団の中庭で行われた。
バレリーナの命である筋を、寒さで痛めさせない為の防寒着を着ての運動は、困難を極めた。
それでもアレックスは雪の降る中、時折焚き木で体を温めながら、レッスンに励んだ。
ルシガはアレックスには特に厳しく「お前は身長があるのだから二十二段跳べ!」と言われたが、それに素直に従った。
現ギネス保持者が二十三段なので、それは尋常なことではなかったが、アレックスには引け目があるのだ。
『私は男なんだもの……女の人より大変でなくっちゃ、卑怯者になるわ』
アレックスは全力で二十二段に挑み、何度も失敗した。
ある時、打ち所が悪く、脳しんとうを起こしたアレックスの顔に、ルシガは水を掛けた。
「きゃあ、冷めたいっ!」
「馬鹿者! 風邪をひいたらどうする! ドライヤーで髪を乾かして来いっ!」
常軌を逸したルシガの行動は、わけがわからない。
アレックスは、走って館内に向かいながら泣いた。
前々から気付いていたが、ルシガは自分の事が嫌いなのだ。
皆に厳しいルシガだが、自分に対してのそれは、まるで憎しみがこもっているかのようだった。
「ルシガ先生は、私が嫌いなんだ……」
言葉にすると、悲しみが倍増した。
思い起こせば自分が一目惚れした時、アレックスはルシガに悪い印象しか与えていなかった。
こんなに好きなのに、嫌われている……それがわかっていても、アレックスはルシガを諦めることができなかった。
それどころか、日に日にその思いが強まっているのを感じていた。
「私って、馬鹿ね……」
悲しみの中、アレックスが館内に戻り、更衣室でドライヤーをかけようとすると、化粧台の隅に1輪の白い薔薇が置かれているのに気付いた。
なにげに見ると、その薔薇には1枚のカードが添えられており、その文面を見てアレックスは声を上げて驚いた。
『 アレックス様
厳しいレッスンですが、頑張ってください。
貴方のファンです。
いつでも応援しています。
白薔薇おじさんより 』
「ええっ? 私にファン? デビューもしてないのに?」
アレックスの鼓動が早鳴った。
「……白薔薇おじさんって、誰なんだろう? でも嬉しい!」
アレックスはその薔薇とカードを抱きしめると、心に誓った。
「どこかで私を見ていてくれる、白薔薇おじさん。私、頑張ります! 貴方の為にも!」
それからアレックスは強くなった。
100回の二重跳びをクリアーした時、ルシガから「お前は体重があるから、ダイエットの為にも150回跳べ」と言われても、平気だった。
白薔薇おじさんが、どこかで見守っていてくれると思ったら、頑張る事が出来た。
そして1週間が経ち、検定の日が来た。
すでに2人の候補者は「馬鹿馬鹿しくてやってられないわ」と辞めて行っていたので、残ったのはローズバレエ団専属のベティと、フランスから来たジョゼフィーヌ、そしてアレックスだけだった。
検定の結果、ジョゼフィーヌが規定に到達できず脱落し、アレックスとベティが薔薇姫の座を争う事になった。
その日、女子更衣室で着替えられないアレックスは、いつものように女子トイレの個室で着替えをしていた。
着替え終わり個室を出ると、トイレの洗面台の上に白い薔薇があった。
『 アレックス様
合格おめでとう。
いよいよ、本当の訓練が始まりますね。
頑張ってください、応援しています。
白薔薇おじさんより 』
「どこかから、見ていてくれてたんだ! 白薔薇おじさん、私頑張ります!」
普通ならストーカーかと引くところだが、アレックスは、そのトイレに置かれてあった白薔薇にキスをして喜んだ。
候補者が2人に絞られてから、ついに薔薇姫の踊りをレッスンでする事になった。
ルシガは団長兼、舞台監督兼、プリンシバル(男の主役)なので、全体像を見る為、ドラゴンの騎士の役はヴァイオレットが代役した。
しかしルシガが、音楽に合わせて「……シャンジュマン・ド・ビエ~アティチュード、トゥールネ……」と説明していても、ヴァイオレットは練習場の鏡に自分の姿を写し、うっとりと眺め、その説明を聞いていない。
「こら!ゴンザレス、話を聞かんか!」
ルシガの怒号が飛んだ。
「ゴンザレス、言うな! ふふん。私は体で覚えるたちでな」
「ああ、馬鹿だからバレエ用語を覚えられなかったんだよな」
「こらっ! バカって言うな!」
「もうお前は聞かんでいい。後でたっぷりと、その筋肉に教え込んでやるからな」
「ふん。貴様は私の才能に嫉妬してるんだな」
ルシガはゴンザレスを無視して、説明を続けた。
アレックスは、それを聞きながら不安になった。
ルシガとヴァイオレットは、どうしてあんなに仲がいいのだろう?
「……もしかして、恋人?」
それはバレエ界では珍しくない事だった。
そう考えると、心配で心配で堪らなくなった。
説明が一通り終わり、休憩時間になると、アレックスはそっとヴァイオレットに近づいた。
「あのぉ……ヴァイオレットさん……」
「おお、これは美しき金色の天使。私に何の用かな?」
「ヴァイオレットさんとルシガ先生って……」
「?」
「も……もしかして……」
「もしかして?」
「こ……恋人ですか?」
真っ赤になって小声で質問するアレックスに、ヴァイオレットは大笑いをした。
「あはははは! それはありえない。あいつと私は幼馴染の腐れ縁だ。それに2人ともバリバリのストレートだからな」
「っえっ? ああ……そうなんですか……。あのう……恋人は?」
「ふふふ……美しき天使は私に興味があるのかな? 安心するが良い。今はフリーだ」
「……あのぉ……ルシガ先生は?」
「あれは女好きだが、バレエ団の女には手は出さない。心配しなくていい」
ほっとした事が1つに、ショックな事が2つ。
ヴァイオレットとは何でもないようだが、ルシガはストレートで、しかも団員には手を出さないらしい。
男である自分に、恋がかなう余地などなかった。
それでもレッスンを指導する、厳しいルシガの表情を見ていると、恋心は募っていくばかりだった。
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