【はちみつ文庫】 魔導師の戒律 3
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□ 魔導師の戒律  □

魔導師の戒律 3

遺体安置室は、特別警察本部の地下にある。
ルシガとアレックスは、下へ向かうエレベーターの中にいた。

「まさかあなたが担当で来るなんて……イザード・ヤーソンは、そんな大物には思えないけど……」

魔導師の素質は、国立の魔法学校で見極められる。

入学時からその才能を求められるが、進級できない者、卒業できない者と脱落していき、 最後に卒業時点で貰える名前で立場が分かれていくのだ。
名前だけを貰える者は、その将来を約束されたようなものだった。

ルシガやメイサンがこれにあたる。
歴代の魔導師と重ならないように名付けられ、その名前を他の物が使う事は決して許されていない。

しかし名前だけ貰える者は、何年かに一人の逸材と言うやつだ。
多くの者は名前と同時に苗字を貰うことになる。
 
この苗字に当たる部分は派閥を意味し、イザードはヤーソンと言う魔導師の庇護の元にある、魔導師という意味になる。
いわゆる子弟制度の名残だが、派閥主と会ったこともない魔導師も少なくないく、形式的なものだった。

これは一般人にでも広く知られており、苗字のあるなしで人の見る目も、態度も違ってくる。
アレックスが言っているのは、この事だった。

「イザード・ヤーソンは、魔法省の有能な魔導師だ。……黒魔導師担当のな」

その言葉を聞いてアレックスは納得した。
黒魔導師対策課のメンバーは、極秘扱いになっている。
その遺体が不振な形で発見されると言う事は、黒魔導師と対決の末、殺された可能性が一番に考えられる。
そうなれば事件を追う特別警察間の身も危なくなる。
魔法省はそれを理由に、この一件に介入してきたようだった。
 
「彼が追っていたのは、あなたが出て来るほどの黒魔導師だったの?」
「だとしたら、その役は最初から私の所に来る」
「じゃあ、なぜ?」
「……さあな」

メイサンが決めたことだ。
何かしら理由があるに違いない。
もちろんルシガとアレックスを組ませて、その成り行きを楽しもうと言う魂胆もみえみえだった。
彼が2人の関係を知って、わざとやっているのは確かだった。

そう考えるとひどく不愉快だったが、アレックスにもしもの事があったらと思うと、ルシガはこの役目を降りる気にはなれなかった。
 
それでもその心情すらメイサンが楽しんでいるかと思うと、怒りが湧いて来る。
メイサンはその温厚な言葉遣いや態度とは裏腹に、人の心を弄ぶ残忍さがある男だ。
もちろんそのくらいの男でなければ、若くして魔法省事務次官にはなれないのだが……。




エレベーターが開き長い廊下をまっすぐに進むと、右側の角が遺体安置室だった。
中に入ると気温が下がり、ガランとした部屋の壁中が引き出し式の保管庫になっている。
イザード・ヤーソンはその無残な姿を維持するため、大型の保管庫に座ったまま入れられていた。

アレックスはその扉を引き出し、遺体袋のファスナーを開けると「これがそうよ」と言った。
ルシガは一目見て「おかしいな」と呟く。

「どういう事?」
「この程度の魔法でやられるようでは、黒魔導師対策課にはいられない」
「?」
「自殺か……偽装か……」
「擬装? ありえないわ。鑑識がDNA検査をしたのよ」
「離れていろ」

そう言うとルシガは遺体に右手をかざし、低く艶のある声で呪文を唱え始めた。
その声に誘われるように、掌から青白い光が滲み出し、光が遺体全体を取り巻いた。
遺体が白く光り黒ずみ焼き爛れた皮膚が、なめらかになってく。
ものの三十秒もたたないうちに、イザード・ヤーソンの遺体は復元された。

「……生き返ったの?」

アレックスが訊ねた。

「死体蘇生の術は違法だ。遺体を元の姿に戻した」

ルシガが答えると、アレックスはその遺体をまじまじと見て、言った。

「この死体……イザード・ヤーソンじゃない!」

そこにあった顔は、アレックスが身分証で見たイザード・ヤーソンとは全くの別物だった。
身分証のイザード・ヤーソンは四十がらみの痩せこけた男だったが、ここにあるのは三十前の筋肉質な男の遺体だ。

「どういう事?DNA鑑定で一致したのに……まさか、データベースの操作を……?」
「魔法省の魔導師なら、できないことはない」
「貴方の言うとおり偽装だったわね。なぜこんな事を……」

アレックスがそう言った時、彼の携帯電話が鳴った。

「はい。アレックス・バジル」

真剣な顔で話を聞くと「すぐに行くわ」と言い、電話を切った。

「どうした?」
「それが現場を近くを捜査してたら、別のものが出てきちゃって……。違法売春宿が見つかったらしいの。しかも子供の……」
「……」

アレックスは親指を噛みながら続けた。

「なんだかこの事件と関係あるような気がするわ」
「捜査官の感か?」
「違法売春宿の近くに、擬装焼死遺体が転がってる可能性ってどのくらい?」
「これは失礼した」
「アタシは現場に行くけど……一緒に行く?」
「いや……私は別に調べたいことがある」
「秘密は無しよ。……お互いにね」
「わかった」

そう言うと2人は駐車場へ向かい、別々の車に乗って特別警察本部を出て行った。




アレックス・バジルの細身だがしなやかな筋肉のついた体型は、まるでモデルのようだ。

その肌は透けるように白いく、小さな顔にはユニーゴ民族特有の彫りの深い大きな目元と、ツンととがった鼻先がバランス良く配置されていた。
金色の髪と南国の海の色の様なブルーの瞳は、夜の青や赤のネオンに色づいて見えたが、一目見たら忘れられなくなる美貌の持ち主であることに変わりはない。

そんな彼は今、東部地区のランカイ通りを入った路地裏の袋小路にいた。
アレックスは立ったまま、持て余すようにその長い脚を組み、うつろな眼差しで地下から連行され出てくる大人達を見ていた。

その列が終わると、暫くして子供達が出てきた。
年頃は、下は五~六歳から上は十二~十三歳までだったが、二十人余り出て来た子供達の多くは、十歳前後の男の子で、露出の多い服を着せられていた。

アレックスの顔が青色のネオンに照らされて、青ざめて見えた。
彼にとってこの種類の事件は、一番やり切れないものだった。
大人たちによって、その人生を翻弄された子供を見るのはあまりにも辛い。
それでも保護をされる子供はまだましなのだ。

この街にはまだ隠れた場所で、監禁されたまま大人への奉仕を強要される子供たちが少なからずいる。
こういう事件は普段は地元警察の管轄なので、賄賂による抜け穴があるのも事実だ。

暗澹とした気持でその風景を見ているアレックスに、マシューが駆けより報告をした。

「どうやら、子どもの臓器販売の疑いもあるようです」
「そうね……。こんな事件にはつきものね……」

アレックスは視線を動かさず、答えた。 

この国では臓器移植は合法だったが、宗教上の理由から臓器を取り出すことに抵抗がある人が多い。
金持ちは海外に移植を求めるが、かかる費用は莫大で、一般市民の手の届くものではなかった。
そこで闇ルートでの臓器の移植業者が暗躍することになる。

国境《くにざかい》の貧民地区では、二つある臓器の場合、その一つしか持ってない者が多くいる村もあると聞く。
それでも自らの選択により、臓器を売るものはまだましだった。
適合する臓器を持つと言うだけで殺人事件になることもあれば、今回のように手に入りにくい子供の臓器を、売春とからめて売買する者もいるのだ。
 
この売春宿の子供たちは人気がなかったり、適合者から求められると、殺されて臓器を取り出されていたようだった。

「それからここを仕切っていたリーダー格の男と、少年の1人が昨日から行方不明のようです」
「……」

アレックスは親指を噛んだ。
そしてマシューに指示を与える。

「その男と、少年の顔写真を用意して」

アレックスには確信があった。
その男は既に、死んでいる。

あの安置室で見た遺体が、その主犯格の男だと確認できるまで、たいして時間はかからなかった。




そのころルシガは、魔法省敷地内にある魔法図書館にいた。
ここには全ての魔法書と、魔導師の資料が揃っており、地下の大金庫には歴代魔導師の『誓約書』が大切に保管されていた。
ルシガは誓約書の閲覧許可を、メイサン経由で魔法省長官より取り付け、今その大金庫の前にいた。

結界が解かれ、厳重な防犯装置が切られると、そこだけ近代化された鋼鉄の扉がうやうやしく開らかれた。
中に入ると膨大な巻物が、雑然と山のように並べられている。
こうして乱雑に並べているのは、万が一の不法侵入者の閲覧を防ぐための処置でもあるのだろう。

ルシガは呪文に、与えられたキーワードを入れ込み唱えた。
するとその中から、一巻きの巻物が浮き出してきた。
それを手に取り、広げ、目を通す。

そこには、彼が想像していたことが書かれてあった。

ルシガは以前、イザード・ヤーソンの黒魔導師狩りの手伝いをしたことがあった。
その時言われた言葉は、今でも鮮明に思い出す事が出来る。

『どこかの国の王子様に、道楽で魔導師をやられてははたまらんな。俺は孤児で努力して、努力してここまで来たんだ。お前の指図を受けるなどまっぴらだよ』

そうまで言い切った男が、その魔導師の立場を捨ててまで、失踪しようとした理由は何なのか。
  
誓約書には、その答えが書いてあった。




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Date:2011/02/20
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