【はちみつ文庫】 白い薔薇は夜散らされる 6
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□ 白い薔薇は夜散らされる  □

白い薔薇は夜散らされる 6

男が去った後、アレックスは泣き崩れた。
女々しいと思いながらも、溢れる涙を止めることが出来ない。
閉ざしていた心を こじ開けられた結果がこれだったのだ。
名前も知らぬ男に、何を求めていたというのだろう?

闇にまぎれて現れた男が、運命から救い出してくれると、アレックスは心のどこかで信じていたのかもしれない。
しかし男は、気まぐれにその躰を抱いただけだった。
所詮、自分は男にとって、『秘密の恋人』でしかなかったのだ。

男が触れる指先の一つ一つに、愛情を感じていた自分の愚かさを蔑みながら、やがてアレックスは深い眠りへと落ちていった。




翌朝、アレックスは小間使いに 寝室の移動を命じた。

亡き母の部屋に移ったのは、男と会いたくなかったからだ。
それでも夜になると、男が自分を探し現れてくれるのを 心のどこかで待っていた。
しかし男は現れなかった。

探そうと思えば、自分を見つけるなど たわいもないはずだった。
アレックスは自分で部屋を移っておきながら、やって来ない男に落胆した。
矛盾した考えが男への執着の現れであるのを、恋などしたことのないアレックスには分かるはずもなく、ただそんな自分を持てあましていた。

――その頃。

アレックスの部屋では、主がいなくなった部屋に 男が一人佇んでいた。
月明かりに浮かび上がった男は、片頬を上げて自嘲すると

「どうやら姫君はお怒りのようだ。はてさて、どうしたものか……」

低く艶のある声で呟くと、闇の中に解けていった。




それから怪盗ヴァイオレットは二晩ほど現れず、アレックスの誕生日は五日を数えるだけとなった。

その日の午後、アレックスはラヴィー公爵邸へ向かった。
叔父が出発するときに、「ラヴィー公爵夫人の音楽サロンには、必ず顔を出すように」言い渡されたからだった。

ラヴィー公爵夫人は機知に富んだ大変美しい人で、アレックスも好意を持っていたが、サロンは苦痛だった。
音楽を愛でると言うよりは、噂話に嫉妬、そして恋の駆け引きを目当てに、貴族たちは集う。

その中で洒落た会話の一つも出来ぬアレックスは、美しさを愛でられるだけの生きた人形として扱われるのだ。
それは今の彼にとって、苦痛以外のなにものでもなかった。

しかし叔父の言いつけに背くことも出来ず、アレックスはラヴィー公爵邸の門をくぐった。

「まあ、アレックス。よく来てくれました」
「お招きありがとうございます。公爵夫人」
「相変わらずなんて美しいのかしら。ため息が出てしまってよ」
「公爵夫人こそ、お美しい」

そう言うとアレックスは、公爵夫人の手を取りその甲にキスをした。

「輝く金色の髪に、宝石のようなブルーの瞳。貴方がいてくれるだけでサロンが華やぐわ」

アレックスは軽く微笑んだ。

「今日は珍しい方が来ているのよ。宮廷にも滅多に顔を出さないお方なの。さあ、こちらへ」

部屋の奥に進むと、光に満ちたサンルームの長椅子に 二人の男が腰掛けていたが、貴婦人たちが取り巻いてよく見えなかった。

人影が動き、間からやっと見えたのは、銀髪にすみれ色の瞳を持った青年だった。
歳は二十代半ばだろうか、流し目の似合う 女性のような顔立ちをしていた美しい男だ。
アレックスと目が会うとにっこりと微笑み、その姿は妖艶であったが、自信に満ちていて眩しいほどだった。

「さあ、貴女たち。ルシガに、アレックスを紹介させてちょうだい」

公爵夫人の言葉に、貴婦人たちは道を開けた。

その瞬間、アレックスは我が目を疑った。

そこにいたもう一人の男は、黒曜石のように輝く長い髪を持ち、濃紺の切れ長な瞳でで、 射貫くようにアレックスを見つめていた。
深緑色の揃を着て、紅茶を片手に女達と会話をしている姿は優雅そのものだ。

しかしその顔は、間違いなくあの男ものだった。

アレックスの心臓が早鐘のように鳴る。

「ルシガ、こちらアレックス・バルニエ・ド・ブランシェール伯爵」

動揺する心を抑えて、アレックスは丁寧にお辞儀をした。

「アレックス、こちらがルシガ・マリウス・ラウル・バティーニュ・ド・デュフォール侯爵ですわ」

ルシガと呼ばれた男は、紅茶をサイドテーブルに置き 立ち上がると、アレックスに手を差し出してきた。

――デュフォール侯爵……

アレックスは震える手で、その手を握った。

――僕はこの手を知っている。

それは自分の躰を翻弄し、さんざん弄んだ男の手だった。

「ごきげんよう、ブランシェール伯爵。アレックスと呼んでもいいかな? 私のことはルシガと呼んでくれたまえ」

――この声!

アレックスの顔から、みるみる血の気が失せていった。
震えそうな唇から、必死に声を絞り出す。

「しかし……デュフォール侯爵……」

南部の大貴族であるデュフォール侯爵の名は、アレックスも知っていた。
広大で豊かな領地を持つ由緒正しい貴族だが、変わり者で宮殿にも滅多に顔を出さない人物だと聞いている。
そんな大貴族を名前で呼び捨てるなど、身分違いもいいところだった。

「ルシガでかまわない……お目に掛かるのは初めてかな?」
「いえ……ルシガ。以前にお目に掛かったことがあります……」

白々しい会話がアレックスの胸を苛んだ。

「ではルシガのお友達の、イギリスからみえられたアーロン伯爵もご存じね」

銀髪の男が涼しげに微笑む。
アレックスはその顔にどこか見覚えがあったが、思い出せなかった。

「……それにしても、これほど美しい殿御が三人も揃うと 素晴らしい眺めね」

公爵夫人の陽気な言葉に、貴婦人たちは口々に「そうですわねぇ」と語り合う。

「すみません。少し気分が……。風に当たってきます」

アレックスは、逃げるようにその場を離れた。

「まあ、大変。誰かアレックスを……」
「ラヴィー公爵夫人、私が見て参りましょう。」

そう言うと、ルシガはアレックスの後を追った。




アレックスが裏庭の片隅にある 薔薇の木でできたアーチ型の回廊に佇んでいると、コツコツと足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにはルシガがいた。

「こんなところにいたとは。……気分はいかがかな?」
「……」
「あそこに椅子がある。座るといい」
「貴方は……!」
「ん?」
「貴方はいったい、誰なのですか?」

アレックスの問いかけに、男は片頬を上げて笑った。

「さっきも紹介しただろう? 私はルシガだ。」
「怪盗がこんなところで何を?」
「残念ながら貴族だよ、私は」
「嘘つき!」

男はいきなりアレックスの手首を握ると、その身体を抱き寄せた。

「やだ! やめて!」

抗いは軽くねじ伏せられ、男の唇がアレックスのそれを覆った。

「んっ……!」

熱い舌に嬲られて、腰が砕けてしまいそうになる。
気がつけば躰を密着させ、男の舌に答える自分がいた。

「ふぅ……んっ。……んっ」

甘い声が漏れ出す頃には、若い躰の下肢に力が帯びてきていた。
ルシガは唇を離すと、アレックスを抱きしめ囁いた。

「素直な躰だ」

その言葉に、アレックスの顔がかっと熱くなり、我に返る。

「離せっ!」

腕を振りほどき、走り出したアレックスの背中に、ルシガの声が浴びせられる。

「アレックス、私を信じろ」

その言葉を振り払うように、アレックスは館に向かって駆けて行った。




――何を信じろと言うのだ!

アレックスは苛立っていた。
正体の分からぬルシガ、そんな男を愛してしまった自分、口づけだけで感じる躰……それら全てが腹立たしかった。

屋敷に戻り、身なりと呼吸を整えてサロンに入ると、人々の噂話が耳に入ってきた。

「怪盗ヴァイオレットが、ブグロー男爵に予告状を出したらしいですわよ」
「まぁ、怖い」
「あの男爵は、かなり悪どいことをしていますからな」
「噂では影で麻薬を売りさばいているらしいぞ」
「ある伯爵は、その麻薬で廃人になったんですって」
「まあ……怖い。それってモンテギュウ―伯爵の事よね?」
「それに、ブランシェール伯爵のことも…」

そう話しかけた夫人はアレックスの姿を見つけると、口ごもり、愛想笑いをしてそれぞれに散っていった。
アレックスは屈辱感よりも、その話の内容が気になった。

――怪盗ヴァイオレットが、ブグロー男爵の屋敷へ?

その時、ルシガが部屋に入ってきた。
それを待っていたかのように公爵夫人が言う。

「さあ、音楽会を始めましょう」

その言葉に、来客者はクラヴサン(チェンバロ)の周りに並べてある椅子に座った。

アレックスは、見たくもないはずなのルシガを、気がつけば目で追っていた。
彼の友人である銀髪の男が、その隣に座っている。

銀髪の麗人から何かを耳打ちされるルシガを見て、アレックスの心はざわついていた。




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Date:2011/05/20
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