【はちみつ文庫】 白い薔薇は夜散らされる 10
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□ 白い薔薇は夜散らされる  □

白い薔薇は夜散らされる 10

その日の朝、ルシガは屋敷の中庭で遅い朝食をとっていた。

テーブルには真っ白なクロスが掛けられ、風に揺れた木の陰が彩りを添えている。
薫り高い紅茶を口に運びながら、ルシガはアレックスに思いをはせていた。

窓から入ってくる光に包まれたアレックスの寝顔は、天使のようだった。
昨夜その白い肌を薄紅色に染め、自分の身体にしがみつきながら激しく乱れた彼とは別人のように清らかだった。
黄金色に輝く髪を撫で上げながら、軽く開いた唇に口づけると、その柔らかな温もりに心が蕩けそうになる。
再び交わりたい気持ちを抑え、ルシガはアレックスを起こさぬよう静かに部屋を出て、今この中庭にいた。

――やっと手に入れた……。

ルシガはその切れ長な瞳を優しく緩めた。

初めてアレックスに会ったのは、ブグロー邸に偵察に行った夜のことだった。
書斎にいた彼は、一糸まとわぬ裸体を蝋燭の下にさらしていた。
透けるほど白い肌を羞恥で紅潮させながらも、その瞳には悲しげだった。
一目見たら忘れられない美しさに彼が男と言うのも忘れ、心を奪われてしまった。

ブグローから全てを奪う――その復讐にアレックスはなくてはならない存在だった。
何年もかけて育て上げた無垢な青年を、味わう目前にかっ攫われる――それを知ったときのブグローの行き所のない怒りは、彼の復讐に花を添えるはずだった。

しかしアレックスの躰を抱き、その純粋な心に触れる度にルシガは罪悪感に苛まれた。
復讐のため彼を抱く自分と、金欲のため友人を阿片浸けにしたブグローとは何処が違うと言うのか?
目的のために手段を選ばぬのは同じではないか?

甘美な躰に溺れながらも、ルシガは心の片隅にいつも恐れを抱いていた。
アレックスが事実を知ったら、何を思うだろう?
失望か? 拒絶か?
何よりも繊細な彼を傷つけることが怖かったのだ。

そんな儚げな青年が、囚われの身となったアーロンを自分と思い込み、無謀にも単身で助けようと動いた。
そのことがルシガに勇気を与えてくれた。

全てを告げたのは、何日かぶりの激しい行為の後だった。

「僕を抱いたのは……仕返しの為?」
「……それだけなら、アーロンがお前の元に行っただろうな」
「……」
「初めて会ったときから、お前に惹かれていた。誰にも触れさせたくなかった」

ルシガは気恥ずかしいほどの本心を吐露した。

アレックスはその言葉を聞き、安心したように微笑み眠りに落ちていった。
その微かな寝息を聞き、彼はやっと心の重荷を降ろすことができたのだった。





ルシガが食事を終え、2杯目の紅茶に口を付けたときだった。
カサカサと木々をかき分けながら、近づいてくる足音が聞こえた。

「アレックス、起きたのか……」

そう言って振り返った彼の瞳に映ったのは、木陰から出てきたアーロンの姿だった。

「……おあいにくさま」

皮肉な笑みを浮かべたその顔は、いつもより蒼白く感じられる。

「もう動いても大丈夫なのか?」

魔術師に任せたとは言え、あの傷だ。
躰の負担は大きいはずだった。

「……ああ。お前のお抱え魔術師は有能だよ。ごらんのとおり元どおりさ」

そう言いながらもアーロンの表情には翳りがある。

「顔色が良くないぞ。屋敷に戻って休むといい」
「……お邪魔だったかな?」
「そう言う意味じゃない」
「……分かってる」

アーロンは何かを考えるように親指を噛むと、思いついたように口を開いた。

「そうだ……傷跡を見るか?」
「傷跡?」

アーロンはルシガに近づくとその上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始めた。

「おい、いいよ……」
「……他の男の裸なんて見たくもないか?」
「なんだ……今日のお前はやけにつっかかるな」

憮然とするルシガを一別すると、アーロンはブラウスをするりと脱ぎ捨てその背中を彼に向けた。
銀色の髪に溶け込むような真っ白な背中は滑らかで、傷など何処にも見当たらない。

「見事だな。たった一晩であの傷をここまで治すとは」
「ああ。これでまた男を喰らい込むことができる」
「……いちいち棘のある言い方だな……」

ルシガがそう言った直後だった。
アーロンはいきなり彼に覆い被さると、その唇を重ねてきた。
それは友人としての挨拶のキスではなく、情愛の全てをぶつけるような激しい口づけだった。
その舌は熱く、執拗にルシガを求めてきた。


突然のことになすがままになっていたルシガをより驚かせたのは、その耳に響いた声だった。

「……ルシガ……?」

アーロンの肩越しに、アレックスの蒼ざめた顔が見えた。
硝子細工のような彼の心が壊れていく。
その破片がルシガを突き刺した。

「……どうして?」
「違うんだ、アレックス!」
「嫌っ!」
「アレックス、話を聞いてくれ!」

ルシガの言葉を振り払うように、アレックスはその場を走り出した。

「アレーックス!」

慌てて後を追おうとしたルシガの腕を、アーロンが掴んだ。
有無を言わせぬ力に振り返ったルシガに、言葉があびせられる。

「どうしてなんだ、ルシガ? 何故、あいつなんだ?」

その語気とは裏腹に、表情は彼が今まで一度も見せたことのない弱々しいものだった。

「何を言ってるんだ……」
「男なんかに興味はなかったはずじゃないか。どうして急に……」
「……アーロン」
「女しか相手にしないのなら諦めもついたさ。ずっといい友人でいられた。だけどお前はあいつが現れてから変わった……」
「……」
「お前を……ずっとお前を……俺は……」
「言うな、アーロン!」

ルシガの言葉が彼のそれを遮った。
深く目を閉じ顔を背けた姿は、拒絶を意味していた。

「どうしてだ? 俺は自分の気持ちを伝えることもできないのか?」
「お前とは親友だ。……今までも。そしてこれからも……」
「……残酷な奴だな……お前は」

アーロンは掴んだ腕を放すと、落としたブラウスを拾い上げ、土を払いながら言葉を続けた。

「行けよ。追いかけるんだろう?」
「……」
「急がないと見失うぞ!」
「……すまない」

走り去る足音を背中で聞きながら、アーロンは呟いた。

「……謝ったりするなよ」

その美しいすみれ色の瞳から、一粒の涙が零れた。

「よけい惨めになるだろう……」

ぽたりと落ちた涙が乾いた土に染み込んでいくのを、彼は身じろぎもせずに見つめていた。





ルシガが馬の蹄の跡をたどり街を見下ろせる崖についたとき、アレックスは3人の警備兵に囲まれ連行されるところだった。
相手の装備が完璧であるのに対し、ルシガは剣一つ身につけていない。
連れ去られるアレックスを、小道に隠れ、ただ指をくわえて見つめるしかない自分が歯痒かった。

しかし警備兵の乗った馬に付けられた紋章がブグロー男爵家の物であるのを、彼は見逃しはしなかった。

――アレックス、すぐに助けに行く。

その為には準備をせねばならなかった。

男爵に仕掛けた火種はもう動き出しているはずだ。
全てはアレックスの十八歳の誕生日に向けて仕込まれたことだった。
その誕生日は今夜の十二時を過ぎればやって来る。

しかし最後の仕上げにはアーロンの協力が不可欠だった。

「私はなんと身勝手な男だろう……」

屋敷に戻り、彼に協力を仰ごうとしている自分をルシガは恥じた。
アレックスを捕らえたブグロー男爵が、彼をどう扱うかは容易に想像できた。
自分で全てをこなすには、時間がないのだ。

ルシガは踵を返すと、屋敷に向かい馬を走らせた。


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Date:2011/09/18
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